専門家コラムColumn

序章  コールセンターの仕事は、AIに取って代られるのか

2019.04.03

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 コールセンターの仕事は、将来AIが代行すると予想している研究者も多い。オックスフォード大学のオズボーン准教授が2014年に発表した論文『THE FUTURE OF EMPLOYMENT』などがその代表的な例であろう。10年から20年後にAIに取って代わられてしまう仕事として「電話営業員」、「コールセンターオペレーター」が挙げられている(図表1)。
 
コールセンターの仕事は本当に無くなってしまうのだろうか。10年後という時間の設定で筆者なりの見解を述べてみたい。
 
【図表1】オズボーン准教授の論文から筆者が作成
 
 

音声認識の壁

 コールセンターでのお客様からの問い合わせ対応の自動化は、大まかに言うと図表2に記載のプロセスで行なわれる

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【図表2】
 
 AIがお客様からの問合せ内容の意味を解釈し、記憶されている回答データ群の中から適切と思われる回答を選び出していく。しかし、その前にお客様から発話された音声をテキスト化(文字化)するプロセスが必要となる。この音声認識システムが正しくテキスト化する精度を音声認識率と言うが、現在の技術でその音声認識率はどのくらいだろうか。音声認識システムの国内最大手であるアドバンストメディア社のホームページには、オペレーターの発話に対する音声認識率が80%~95%、お客様からの発話に関しては50%~80%程度と記載されている。数値に幅があるのは、音声認識システムへの学習データの投入量や細かなチューニング作業により認識精度が変化するからである。お客様側の数値がオペレーター側と比べて低いのは回線環境による音質の問題もあるが、方言やなまり、滑舌の悪さ、周辺の雑音といったアナログ面での問題に拠る要素が大きい。この数値は、筆者が初めて音声認識システムに携わった20数年前からあまり進歩していない。技術が前述のようなアナログ面での問題を克服できていないのが現状である。日常会話で相手の言葉の2割から5割が聴き取れないというのと同じ状況である。会話を成立させることが困難であることが想像頂けるだろう。しかも、前述の音声認識率の上限値に近づけていくためには、膨大な作業工数が必要である。システムの導入にあたっては、対象となるコールセンターの通話音声を少なくとも200時間分文字に打ち起してテキストデータ化し、音声認識システムに学習させる必要がある。通話音声の打ち起しには、通話時間のおよそ10倍の時間がかかる。つまり作業工数は2,000人時間である。更に業界用語や企業個別の商品名などの単語辞書を作って学習させる必要もある。導入後も、誤認識を補正するための単語辞書の追加登録や音声認識の感度調整など、チューニング作業の期間が少なくとも半年程度は必要だ。それを行なってもお客様側の音声認識率が80%にはなかなか届かない。そういう現実を知り、投資対効果に見合わないと判断する企業も少なくない。このような音声認識システムの技術的な問題がコールセンターでのお客様対応自動化の大きな壁となっている。
 

お客様の自然言語の問題

 コールセンターでは品質管理や対話分析の目的で通話音声を文字に打ち起こすことがある。その際、お客様が話した内容をテキスト化した文章を読んでも意味が分からないことがよくある。特に一般消費者を対象とした業務では散見される出来事だ。人が意思疎通のために日常使う言葉を自然言語という。コールセンターに電話をかけて来る一般消費者の自然言語は、伝えたい状況や要望事項が理路整然と順序立てて説明されたものばかりではない。状況を正しく把握せずに曖昧な説明をする人や何をして欲しいかが整理できないまま電話をかけてくる人も少なくない。商品名など固有名詞を失念し、「あれ」「それ」といった代名詞を連発して話す人も多い。一般大衆が話す自然言語はそもそもそういうものである。

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【図表3】

 しかし、対応するオペレーター(人)は、その曖昧な自然言語の中から相手の意図を汲み取っていく。仮に多少の誤った説明が含まれていても、それも踏まえて相手が言いたいことを想像して解釈していく。そういった想像力や解釈力、曖昧な情報から解答を導き出していく能力は「人」ならではの優れた能力であり、コンピュータが一番苦手とする領域である。AIがそれに追いつくまでには、まだ相当な時間がかかるだろう。
 

AIにお客様の課題解決に向けた対応ができるか

 「コールセンターのオペレーターの仕事は将来AIに取って代わられる」という主張は、主に大学やシンクタンクの研究者、経済やビジネスの評論家などによって行なわれている。そうしたいわゆる知的レベルが高い人たちには、生活上のさまざま課題も自分自身で考え、あるいは調べて解決してしまうタイプが多いだろう。コールセンターはあまり利用することが無い、あるいは利用しても理路整然と簡潔に用件を伝えられるタイプの消費者であると推察される。前述の研究者たちの主張は、そういった自身の消費者としての目線からコールセンターの仕事をイメージし、行なっている面があるのではないかと筆者は考える。
 コールセンターでの実際のお客様対応は、商品説明や事務手続きの受付のような定型的な内容ばかりではない。明らかにお客様側に非があるようなミスや理解不足によって起こったトラブルに対し、どうにかして欲しいと懇願されるようなケースも多い。お客様側が開き直って「そちらの案内が分かりづらいからだ!」などと非難されるようなケースも少なくない。そういったケースに対し、合理的に考えれば、「対応をお断りする」あるいは「有償での対応を案内する」といった応対で問題ないだろう。しかし、そのような合理的でクールな応対で済ませている企業は少ない。先ずは「それは大変でしたね」「お困りですね」といったお客様を慰撫する言葉をかけ、場合によってはお客様に「分かりづらい」と感じさせてしまったことをお詫びする。そして、お客様の問題解決に向けて、企業本位ではなく、なるべく費用がかからず迅速な対応方法を提案し手配する。多くのコールセンターは、そのようなお客様に寄り添った対応で自社に対する経験価値(Customer Experience)を高めてもらおうと努力している。聞き分けの良いお客様ばかりではなく、内容もスマートに対応できる定型的なものばかりではないというのが実情である。
 そういったお客様対応がAIだけで完結するだろうか。必ずしも前例がない事象への対応。時にはイレギュラーな選択が求められる対応。そうした対応はAIが最も苦手とする領域である。
 
 前述のオズボーン准教授の論文では、AIに取って代わられるとして挙げられている職業それぞれにその可能性が記載されている。コールセンターのオペレーターは97%である。
shutterstock3.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像ほぼ間違いなく無くなるという数値だ。「日本において」と考えた場合、本当にそんなことが起こるだろうか。筆者の見解はNoである。日本での企業とお客様との関係性、日本語という言語の特性を考えると、少なくとも10年後にコールセンターが全てAIで自動化されるということはあり得ないと筆者は断言する。
 
しかし…
冒頭でも述べたとおり、筆者は「全て自動化される」ということは否定しているが、AIなどのテクノロジーを活用した“部分的な自動化”は、今後急速に進んでいくと考えている。そこで次稿では、コンタクトセンターでのお客様対応の自動化がどのように進んでいくかについて述べてみたい。






 

AIにより企業とお客様とのコミュニケーションはどう変わっていくか

西脇 紀男 Norio Nishiwaki

1993年大手コールセンターベンダーに入社。経営企画、営業企画、CRMコンサルティング部門の部門長を務める。
2010年キューアンドエーグループに入社。経営企画、マーケティングソリューション事業などの部門長を経て、2017年から2019年はコンタクトセンター事業でのAI活用を推進するAI事業戦略本部の本部長に。
現職でも引き続き、AI活用やオムニチャネル対応など次世代型コンタクトセンターのモデル構築、事業化に取り組んでいる。
立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科修了 経営管理学修士(MBA)

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