専門家コラムColumn

Season1「チャットBot編」(1)コンタクトセンターでのお客様対応の自動化はどのように進むのか

2019.05.16

 第1回目の内容を簡単に振り返ってみたい。前回は、「コールセンターの仕事は、AIに取って代られるのか」というテーマで次のように説明した。
 ・コールセンターでのお客様対応の自動化に関しては、音声認識システムの認識率の問題が大きな壁となっている。
 ・また、正しくテキスト化されたとしても一般大衆が話す自然言語の意味を正しく解釈する技術はなかなか人間の能力には追いつけない。
 ・更に、AIは定型的な質問への回答や手続きの受付はできても、お客様の課題解決に向けた非定型的な対応はできない。
そして、10年後にコールセンターの仕事が無くなることは少なくとも日本ではあり得ないと断言した。
しかし筆者は、コールセンターでのお客様対応の自動化が進まないと主張している訳ではない。コールセンターのオペレーターという仕事が無くなる、つまり《完全に自動化される》
といった極端な主張を否定している訳である。AIなどのテクノロジーを活用したお客様対応の部分的な自動化は、今後急速に進んでいくと考えている。
 そこで第2回目は、その「自動化」がどのように進んでいくのか、筆者の見解を説明していきたい。「コールセンター」での電話対応に限定せず、e-mailなどによるテキストでの対応も含めた「コンタクトセンター」という範囲でそれを考えてみたい。
 

コンタクトセンターでの顧客対応の自動化はチャット対応で本格化する

 電話でのお客様対応の自動化について、音声認識システムの認識率の問題がボトルネックになっていると何度か説明した。逆に考えれば、そのボトルネックが取り除かれれば自動応答の精度は大きく改善されるはずである。図表1に示すように音声認識のプロセスの後、つまりAIがテキスト化された文章の解釈からスタートできるモデルであればそれが実現する。

process20190515.png

 

【図表1】

 企業のWebフォームやe-mail、チャットなどからの問い合わせがそのモデルに該当する。Webフォームやe-mailによる問い合わせ窓口は従来から存在するが、電話以上に活発に活用されている事例はあまり耳にしない。しかし、LINEに代表されるチャットでのコミュニケーションは若年層では完全に定着している。総務省が行なった『情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査』によると20代、30代のLINE利用率はともに90%を越えている。2014年と2016年の比較では全世代で利用率が拡大している。50代、60代の高年齢層でも、他の世代と比較し相対的に利用率が低いものの2年間で利用率が大きく拡大している (図表2参照) 。

graph20190515.png

【図表2】平成26年・28年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査(総務省)から筆者が作成

 この傾向を受け、消費者からの問い合わせ対応にチャットでの窓口を設ける企業も増え始めている。この流れから、お客様対応の自動化はチャットでの問い合わせ対応窓口の普及とともに本格化するものと推察される。


しかし、チャットBotも万能ではない

 そこで、『チャットBot』と呼ばれるチャット形式での自動応答システムについて説明していこう。
前述のようにAIに対して過剰な期待を抱く人が多い中、チャットBotに関しても高度な自動応答機能をイメージしている人が多いのではないだろうか。AI(人工知能)という言葉のイメージから、自動で学習して知識を高め、質問への回答率を高めていくと想像している人も多いだろう。
確かに『機械学習型』と呼ばれるチャットBotの中には、そういった高度な機能を期待できるものもある。しかし機械学習型のチャットBotには、学習方法を誤った場合に上手く機能しないというリスクもある。それを説明するアクシデントを紹介しよう。
 Microsoftが開発した人工知能「Tay(テイ)」に関するアクシデントを記憶している人もいるだろう。「Tay」は19歳のアメリカ人女性という想定で、ユーザーがTwitterなどで話しかけるとその対話から学習し、会話能力を高めていくというAIチャットBotだった。2016年3月23日にMicrosoftから公開されたが、数時間後にヘイトスピーチや性転換をしたかのようなメッセージを投稿するようになり、公開から16時間後にアカウントが停止された。Microsoftからの発表によれば「複数のユーザーによってTayの会話能力が不適切に調教され、間違った方向のコメントをするようになった」ためである。
将棋や囲碁などをプレイするAIでもよく話題になるが、多くのAIは「何を学習して、なぜそのようなアクションを選択したのか」がブラックボックスとなっている。そしてAIは礼儀や思いやりといった価値基準や感情を持ち合わせていない。従って、AIに自動で学習して質問への回答を創作していくような機能を設定した場合、予測もつかない回答や失礼な返答をしてしまうリスクがある。「Tay」のアクシデントが教訓となった面もあり、
また、機械学習型のチャットBotは非常に高価であるという点から、『ルールベース型』という形式のチャットBotを活用している企業が大半である。ルールベース型のチャットBotは、予め登録したFAQナレッジの中からのみ回答を選択させるというモデルである。人工知能の技術が活用されていないものが大半だが、お客様が入力した質問を解釈する機能に人工知能が活用されているものもある。しかしいずれにしろ、お客様の質問に適合する回答がチャットBotのデータベースに予め登録されていなければ、回答の自動化は実現しない。まだまだ、“何でも回答してくれる魔法の箱”という状況とは程遠いというのがチャットBotの現状である。
 
 しかし、AIがいわばブーム化している昨今では、お客様や社内の問い合わせ対応にチャットBotを導入する企業が増えている。現在導入を検討中の企業も多いのではないだろうか。そこで次稿では、『機械学習型』『ルールベース型』それぞれの機能や特性、活用状況などについて、もう少し詳しく説明していくことにしたい。

AIにより企業とお客様とのコミュニケーションはどう変わっていくか

西脇 紀男 Norio Nishiwaki

1993年大手コールセンターベンダーに入社。経営企画、営業企画、CRMコンサルティング部門の部門長を務める。
2010年キューアンドエーグループに入社。経営企画、マーケティングソリューション事業などの部門長を経て、2017年から2019年はコンタクトセンター事業でのAI活用を推進するAI事業戦略本部の本部長に。
現職でも引き続き、AI活用やオムニチャネル対応など次世代型コンタクトセンターのモデル構築、事業化に取り組んでいる。
立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科修了 経営管理学修士(MBA)

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